死について。
先月は仕事で行ったイベント、今月は撮影が続き、忙しい毎日が続いている。 撮影のためにカメラマンと電話で打ち合わせ。 とある仕事で初めていっしょに仕事をした人で、今回は2回目。 1回目のときはあまりにもゆっくり撮影をするので、私はとてもイライラと してしまった。それでいっしょに仕事をするのが難しいかな?と思ったのだが、 結局今回もその方にお願いすることにした。 今回は場所が場所なだけあって、レフ板もストロボも使用できない。 それで私が「白い服でも着て行きましょうか?」(白い服は、レフ板代わりになるのだ) と訊ねると、「そんなことを言うディレクターはいない!」と非常に喜んでくれた。 こういうところで話が通じると、とてもうれしい。
calmさんの日記が更新されている。
(http://www.music-conception.com/thr.html)
ご友人が亡くなられたようだ。
死については、私もときどき考える。
いや、かなり意識して生きているような気がする。
私は仕事をしていて「どうしてそんなに頑張るのか?」と言われて
しまうことがあるのだが、やっている時はとにかく真剣だ。
真剣になれるのも、その延長に死があるからのような気がしてならない。
後悔はしたくない。後悔して死ぬなんて、まっぴらゴメンだ。
後悔しないですむ唯一の手段があるとすれば、最善を尽くすこと。
だからどうしても必死になってしまう。
(恋愛に関しては、まだまだ頑張りが足りないが・・・)
calmさんも書いているが、自分より先に死ぬはずがないという人々も
あっけなく死んでしまう現実がある。
私だっていつか死ぬんだなあ。
そういえば昔、ファウストについてとある音楽雑誌で書いたときに
死について触れた気がする。思えば、当時の見解とほとんど変わっていない。